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信念の増幅装置 — デジタル社会と過激化のプロセス

2025年06月23日


個人の心に芽生えた陰謀論的な信念は、現代のデジタル情報環境によって、かつてない速度と規模で増幅され、社会全体を巻き込む現象へと発展する。特に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や検索エンジンに組み込まれたアルゴリズムは、「エコーチェンバー現象」と「フィルターバブル現象」という、信念を強化し、視野を狭める二つの強力なメカニズムを生み出した。これらは、個人の確証バイアスをシステム的に実現する社会技術的装置として機能し、人々の過激化と社会の分断を加速させている。


第1章:エコーチェンバーとフィルターバブルという牢獄


総務省をはじめとする公的機関の報告書は、これら二つの現象が偽・誤情報の流通・拡散の主要な要因であると指摘し、警鐘を鳴らしている 35。


エコーチェンバー現象


エコーチェンバーとは、文字通り「反響室」を意味し、SNSなどの閉鎖的なコミュニティ内で、自分と同じ意見を持つ人々が集まり、互いの意見を肯定し、反響させ合うことで、その意見があたかも絶対的な真実であり、社会の総意であるかのように錯覚してしまう現象を指す 35。この現象は、人間が自分と似た他者と繋がりたがる生来の傾向、すなわち「ホモフィリー(同類性)」によって駆動される 36。

エコーチェンバーの内部では、異なる意見や反対意見は排除されるか、あるいは「敵からの攻撃」として認識されるため、健全な議論が成立しない。その結果、集団内の意見は多様性を失い、より先鋭的で極端な方向へとシフトしていく「集団分極化」が生じる 36。米大統領選挙における政治的対立の激化や、特定の健康情報を信じるコミュニティでの科学的根拠の排除などは、この典型例である 34。


フィルターバブル現象


フィルターバブルとは、Googleなどの検索エンジンや、YouTube、X(旧Twitter)などのSNSの推薦アルゴリズムが、ユーザーの過去の検索履歴、閲覧履歴、クリック、「いいね」といった行動データを分析し、そのユーザーが関心を持つと予測される情報を選択的(フィルター)に表示する結果、利用者が自分自身の価値観や信念に合致する情報ばかりに囲まれ、「快適な泡(バブル)」の中に孤立してしまう現象である 34。

この現象の厄介な点は、それがユーザー自身の能動的な選択によるものではなく、アルゴリズムによって受動的かつ目に見えない形で引き起こされることである 34。多くの利用者は、自分がアルゴリズムによってパーソナライズされた情報環境に置かれていることにさえ気づいていない 39。その結果、多様な視点に触れる機会が奪われ、知的な孤立が深まり、偏った認識や固定観念が強化されてしまう 34。

これら二つの現象は、伝統的な共同体が地理的・社会的に孤立することで外部の情報から遮断され、シャーマンの語る物語が唯一の「真実」として機能した状況を、デジタル空間上で再現・先鋭化させているといえる。物理的な孤立はなくとも、アルゴリズムと社会的な選択によって「情報的な孤立」が作り出され、特定の陰謀論がその「デジタル村」における絶対的な真実として君臨するのである。


新たな脅威:生成AI


近年、ChatGPTに代表される生成AIの登場は、この問題をさらに深刻化させる懸念を生んでいる 36。生成AIは、自然で説得力のある文章を瞬時に大量生成できるため、巧妙な偽情報やプロパガンダの作成コストを劇的に低下させた。また、AIが学習するウェブ上のデータには、既存のバイアスや不確かな情報が大量に含まれており、AIがそれらを増幅して拡散させる新たなエコーチェンバー/フィルターバブルとして機能する危険性が指摘されている 36。


第2章:事例研究 — 日本におけるQアノンの変容


デジタル空間における信念の増幅と過激化が、現実世界にいかなる影響を及ぼすか。その具体的な事例として、世界的な陰謀論である「Qアノン」が日本国内で独自の変容を遂げ、過激な行動へと至ったプロセスを分析する。


日本への流入と「Jアノン」への変容


Qアノンは、「ディープステート」と呼ばれる闇の政府と戦うトランプ前大統領、という壮大な物語を核とする陰謀論である。このグローバルな物語の「テンプレート」は、日本において、既存のナショナリズムや保守層の思想というローカルな「コンテンツ」と融合することで、「Jアノン」として受容された 25。特に、トランプ政権と当時の安倍政権との親和性が、Jアノンが一部の保守的な政治支持層の間で広がる土壌となったと分析されている 25。


「神真都Q」への先鋭化とカルト化


Jアノンの一部は、さらに組織化・先鋭化し、「神真都Q(やまとキュー)」という団体を結成するに至った 25。彼らは、Qアノンの基本的世界観(ディープステートとの戦い、トランプ支持)を継承しつつ、そこに日本独自の思想を付加していった。具体的には、「現存する世界は偽物であり、選ばれた仲間だけが本当の世界へ行ける」という終末論的な二元論や、「日本人は特殊で優秀な遺伝子を持つ」といった選民思想がそれにあたる 25。

このプロセスは、陰謀論コミュニティが「カルト化」していく典型的な道筋を示している。すなわち、(1)共有された陰謀論、(2)独自の教義と選民思想の形成、(3)現実世界からの心理的離脱(「世界は偽物」)、そして(4)外部社会への攻撃性、という段階を経て、社会から孤立し、内部の論理のみで過激化していくのである。これは、宗教団体がその教化力や組織力を高めるために権威主義的な体制を構築し、社会から逸脱していく「教会のカルト化」のプロセスとも酷似している 41。


現実世界での過激な行動


神真都Qの過激化は、オンライン上の言説に留まらなかった。彼らは、反ワクチン陰謀論を信奉し、新型コロナウイルスのワクチン接種会場に集団で侵入し、接種の中止を要求するなどの実力行使に及んだ 25。これは、デジタル空間で増幅された信念が、現実世界における反社会的、かつ違法な集団行動へと直接的に結びついた顕著な事例である。同様のメカニズムは、SNS上のヘイト情報に影響された個人が、在日コリアンが通う学校に放火する事件を引き起こした例などにも見られ、エコーチェンバー現象がもたらす現実的な脅威の深刻さを示している 42。


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