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人間の脳が陥りやすい三つの罠:省エネ機能の落とし穴

2025年05月29日

人間の脳は、体重のわずか2%ほどの重さでありながら、体全体のエネルギー消費量の20%以上を占めると言われています。このため、脳はエネルギーを効率的に使うための洗練された機能を持っています。しかし、これらの機能が特定の状況下では、思考の偏りや硬直化といった「罠」とも言える状態を引き起こすことがあります。本稿では、その代表的な三つの傾向と、それがなぜ問題となり得るのか、そしてどうすればその罠を回避できるのかを考察します。

① 極端な単純化を好む傾向

複雑な状況を多角的に分析し、中庸な判断を下すには多くのエネルギーが必要です。そのため、脳はエネルギー消費を抑えるために、物事を白か黒か、敵か味方かといった単純な二元論で捉え、極端な結論に飛びつきやすい傾向があります。これにより、迅速な判断が可能になる一方で、状況の細部や多様な可能性を見過ごし、短絡的な思考に陥る危険性があります。

② 記憶の固定化と更新の困難さ

記憶は、短期記憶から長期記憶へと移行する過程で固定化されます。一度固定化された記憶は、状況に応じて柔軟に利用できるというメリットがある一方で、その後の情報更新が難しくなるという側面も持ち合わせます。記憶を修正し再固定化するプロセスには多くのエネルギーが必要となるため、脳は無意識のうちにそれを避け、既存の記憶に固執しがちです。これにより、誤った情報や古い価値観が更新されず、思考の柔軟性が失われる可能性があります。常に新しい情報を取り入れ、意識的に記憶をアップデートしていく努力が求められます。

③ 世界を理解するための「物語」への依存

人間は、複雑で捉えどころのない外界を理解するために、首尾一貫した「物語」を求める傾向があります。これは宗教、イデオロギー、あるいは個人的な信念体系といった形で現れます。こうした物語は、世界に意味や秩序を与え、認知的な負荷を軽減する助けとなります。例えば、死後の世界の物語や国家の創生神話などは、個人の不安を和らげ、集団の結束力を高める役割を果たしてきました。しかし、この「物語」が偏狭であったり、現実から著しく乖離していたりする場合、それは外界を正しく認識する上での障害となり得ます。特定の物語に依存しすぎると、それ以外の視点を受け入れられなくなり、思考が偏狭になる危険性があります。

なぜこれらが「罠」となるのか

これら三つの傾向は、それぞれが独立しているわけではなく、相互に影響し合います。エネルギー効率を優先するあまり思考を単純化(①)し、その結果形成された偏った認識が記憶として固定化され(②)、さらにその固定化された記憶に基づいて都合の良い「物語」が構築・強化される(③)。この連鎖によって、個人の思考、記憶、そして世界観全体が極端な方向に偏り、硬直化してしまうのです。

このような脳の特性は、例えば特定の原理主義やプロパガンダが人々に影響を与えやすい一因とも考えられます。それらは複雑な問題を単純化し、感情に訴えかける物語を提供することで、人々の思考を特定の方向に誘導しようとします。

罠を回避するために

では、これらの脳の「罠」を回避するためには何が必要でしょうか。最も重要なのは、「考える時間を十分に取る」ことだと考えます。思考にはエネルギーが必要ですが、時間をかけて情報を多角的に吟味し、深く考察することで、短絡的な極論を避けることができます。

その際、無意識のうちに自分の考えを支持する情報ばかりを集めてしまう「確証バイアス」に陥っていないか、常に自問自答し、意識的に異なる意見や情報にも触れる姿勢が不可欠です。

時間をかけて熟考する習慣は、記憶の適切な更新を促し、より柔軟でバランスの取れた「物語」を育むことにも繋がるでしょう。

日常生活において、判断を急かされたり、考える余裕を奪われたりしていると感じたときは、一度立ち止まり、「何かがおかしいのではないか」と注意を向けることが、これらの罠を回避する第一歩となるはずです。

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