考察 社会・現代論
何故、宗教やスピリチュアルは過激なものへと変化するのか
宗教やスピリチュアルにおいて私が一番問題だと感じるのは、人々が「特定のグループとの一体感を得ること」を目的としてそれらを実践してしまうことです。
宗教やスピリチュアルには、厳しい教義や行動規範が伴うことがあります。集団への一体感や承認を求める人は、「これを守りさえすれば認められる」と考え、盲目的に教義に従うようになるでしょう。
そうなると行動や考えの選択肢が極端に減っていきます。
そのような状態のときに何らかの危機が訪れると、彼らは自分たちのグループを守るために教義に固執します。そして、教義を守れない他者を「敵」とみなし、攻撃すべき対象だと考えるようになるかもしれません。
このように、自ら思考の選択肢を狭めてしまうプロセスこそが、いわゆるマインドコントロールの正体なのかもしれません。
宗教やスピリチュアルを実践している人は、それを実践する理由が何なのか考えてみるとよいかもしれません。
自分のためだけの実践なのか、それともその宗教やスピリチュアルに属さない者をも含む、全ての人達の幸せを望む実践なのか。
もし自分のためだけの実践で、その宗教やスピリチュアルを行うグループに自分が依存してしまっているのなら、過激の入り口まで来ているかもしれません。
各自が自らの実践のあり方を見直すことが、宗教やスピリチュアルに起因する事件や紛争をなくしていく第一歩になるはずです。
ここまでグループとの一体感を得ようとするケースについて述べましたが、個人での実践であっても注意が必要です。
例えば一人でスピリチュアルなことを実践している場合でも、それが「他者に対する自身の霊的優位性を証明するためのもの」であるならば、その人もまた、非常に危険な状態にあると言えるでしょう。