よんなーハウス

トンボの低空飛行

窓の外が、にわかに騒がしくなった気配がしました。

なんとなく身体が重く、カーテンの隙間から午後の光を眺めるだけだった静かな時間。その網膜の隅で、何かがきらきらと、忙しなく瞬いています。目を凝らすと、それは無数の小さな飛行隊でした。赤とんぼ、塩辛とんぼ、黒い羽の大きなものまで。思い思いの速さで、けれど皆、驚くほど低い場所をすいすいと飛び交っているのです。

一瞬、息をするのを忘れていました。心が、あの羽音のない乱舞に鷲掴みにされたようでした。理由なんてどうでもよくなるくらい、ただただ命の渦がそこにあって、僕のこの重たい身体のことなど忘れてしまうほど、その光景はあまりに自由で、力強かったのです。部屋の淀んだ空気が、窓の向こうの彼らの気配で震えるような錯覚さえ覚えました。

まるで、見えないガラスの天井があるかのよう。普段はもっと高い空を悠々と舞っているはずの彼らが、なぜ今日はこんなにも地面に近い場所で舞踏会を繰り広げているのでしょう。

古い記憶をたどると、祖母が教えてくれた言葉を思い出します。「とんぼが低く飛ぶと、雨が近いよ」。空気中の湿気が増して、彼らの繊細な羽が重くなるからなのだとか。あるいは、餌となる小さな虫たちが、同じ理由で高く飛べなくなるのを待っているのかもしれません。

彼らは彼らなりに、来るべきものを感じ、その中で懸命に生きている。そう思うと、窓一枚を隔てただけの光景が、まるで壮大な物語の序章のように見えてきました。一匹一匹の羽ばたきが、空から降りてくる前の、まだ見えない雨粒の気配を伝えているかのようです。

風が止み、むわりと濃密な緑の匂いが部屋に届きます。

やがて空からぱらぱらと音が聞こえ始める頃、あの乱舞はどこかへ消えているのでしょう。今はただ、僕の心の澱みを一瞬だけかき混ぜてくれた、来るべき雨を知らせる使者たちの饗宴を、この場所から静かに眺めているのです。

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