短編: 職人が丹精込めてつくりし婚礼衣装
2024年07月05日
大正時代、江戸っ子気質がまだちやほやされていた頃の話。
東京でも指折りの縫箔屋が、大家の娘に恋をしていまして、身分等の違いから付き合うことも結婚もあきらめているわけですが、せめてその娘の結婚式で着てもらおうと、一世一代の婚礼衣装を作ることにします。
その婚礼衣装を気長に作りながら、作りかけを娘のところに持っていっては見せて色々と話をする、そんな仲で満足だったのですね。
しかし娘の家が傾いた頃に娘は裕福な権力者の妾となってしまい、結婚式に着てもらうという夢は崩れ去ります。
それでも職人は娘のことが好きだったのですが、娘が妾に行った家にその婚礼衣装を持ってくるようにと言われます。
職人は娘に会いたさもあり出向くのですが、娘には会えずじまい、おまけに家のものにお金を渡され衣装は置いていくようにと言われる始末。
それで職人は馬鹿にされたと思い、娘への恋も冷め、婚礼衣装も箪笥の肥やしにとなりかけます。
数年後に、デパートで行われる展覧会に出品する作品がなく、しかたなく箪笥にしまってあった婚礼衣装を出品することにします。
その職人は腕が良く、作ったものはデパートで高く売れ、名士の奥さんからの注文もあり、金銭的に困るはずはないのですが、実の生活は薄汚れた質素なものです。
お金はその婚礼衣装を作るために使っていたのかもしれません。
そんな衣装なのですから、出品先の展覧会でも大好評で、話題がその娘にもしれたのでしょう、二人は偶然に展覧会最終日のその婚礼衣装の前で再会します。
ですが職人は妾になった娘に腹を立てていて「そんな目で見られると白い着物に染みがつく」「人の妾になるような汚れた目に触れさせたくない」と言い放ちます。
しかしその娘はもう妾ではなくちゃんとした妻になるのです。
妾先の男の妻が亡くなり、その一周忌もおわり、婚礼披露が開かれるということです。
とはいえ……その男と娘は30も歳が離れていて微妙なんですがね……。
でも拘っていたのは、娘が妾かちゃんとした妻かだったようで、婚礼衣装は娘に渡されてこの話はいちおハッピーエンドとなりました。
なのですが、私の目には、その娘は職人ではなく職人が作った婚礼衣装に気が合っただけではないのかなという気はします。
名家に30歳の年の差で妻になり、世間からは色々と言われるはずなので、その時の心のよりどころは、職人が丹精込めて作ったその婚礼衣装なのでしょうね。
そう考えれば、やはりハッピーエンドなのでしょう。