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悪意の解剖学:プロパガンダの一形態としての学校イジメの構造分析

前の記事でプロパガンダのことを載せたのですが、そのときにプロパガンダとイジメって似ているなと思いました。

イジメは大人の世界にもあると言います。そのようなことを行う大人を見ていると、その人が持つ認知バイアスの偏り、そしてそのバイアスにより、その大人が周りの世界を理解するために作った物語の歪さ、これらに何か共通点があるように見えます。

子供の認知バイアスがどうなっているのか、子供の作る物語がどんなものなのか、よくわからないのですが、イジメの際には子供なりの力で、プロパガンダに似た行為を行っているのでしょう。

そこら辺をGeminiのDeepResearchに調べさせてレポートにまとめてもらいました。

イジメとプロパガンダの類似性がわかると、イジメを無くすための方策も見えてくると思います。

=== 以下がそのレポートです ===

序論


本報告書は、学校で行われる「イジメ」が、単なる子どもの未熟な攻撃性や偶発的な対立ではなく、政治的プロパガンダと根源的な構造を共有する、体系的な心理的・社会的情報操作のプロセスであることを論証する。この比較分析を通じて、イジメが個人の尊厳を計画的に破壊し、重大な人権侵害に相当する、計算された卑劣な行為であることを白日の下に晒すことを目的とする。

本分析の基盤となるのは、日本の現行法である「いじめ防止対策推進法」(平成25年法律第71号)である。この法律が画期的なのは、イジメの定義を、加害者の意図ではなく、被害者の主観的な「心身の苦痛」を判断基準とした点にある 1。この「被害者中心主義」の視点は、本報告書の分析において不可欠なレンズとなる。なぜなら、プロパガンダもまた、発信者が掲げる大義名分ではなく、受け手である大衆に与える影響、すなわち精神の操作という「結果」によってその本質が判断されるからである。「冗談のつもりだった」という加害者の弁明が法的に無効化されるのと同様に、プロパガンダの欺瞞性もその効果によって評価される。この共通の原則こそが、イジメとプロパガンダという二つの現象を結びつけ、その卑劣さを解明するための出発点となる。


第1部 支配の構造:闘争領域の定義


本章では、イジメとプロパガンダ、双方の基本的な定義を確立し、それらを規定する法的・理論的枠組みを明確にする。これにより、両者に共通する操作的な本質を浮き彫りにする。


1.1 日本におけるイジメの法的・社会的状況:被害者中心パラダイム



イジメの法的定義


2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」は、イジメを「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と定義している 1。この定義は意図的に広範に作られており、学校外での行為や、近年深刻化しているソーシャルメディアなどを介したネットいじめも明確に対象に含んでいる 1。法務省もまた、イジメを深刻な「人権侵犯事件」として位置づけており、毎年多数の相談が寄せられ、救済手続きが開始されている事実は、この問題が単なる学校内のトラブルではなく、基本的人権を脅かす社会問題であることを示している 5。


定義の決定的な進化


この現行の定義が持つ重要性を理解するためには、それ以前の定義と比較することが不可欠である。2006年(平成18年度)以前、イジメは「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」とされ、「一方的に」「継続的に」「深刻な」といった要件を満たす必要があった 2。しかし、これらの要件は、加害行為の悪質性を証明する上での障壁となり、多くのケースで学校側が介入をためらう原因となっていた。

現行法はこれらの要件を撤廃し、判断の主軸を被害者が「心身の苦痛を感じている」か否かという一点に絞った 1。これは、たとえ表面上は「けんか」や「ふざけ合い」に見える行為であっても、被害を受けた生徒の立場に立てば、それは紛れもなくイジメであると認定するための、意図的な政策転換であった 2。この転換は、イジメの本質が加害者の意図や行為の態様にあるのではなく、被害者が受けた精神的・身体的ダメージそのものにあるという、根本的な認識の変化を法的に確立したものである。加害者の「そんなつもりはなかった」という弁解は、被害者の苦痛という厳然たる事実の前では意味をなさない。この「効果が意図を凌駕する」という原則は、まさにプロパガンダを分析する際の視点と完全に一致する。国家が「正義のための戦い」9 という美辞麗句を掲げても、それがもたらす破壊と苦痛によってその本質が評価されるのと同様に、イジメもまた、それがもたらす被害によってその卑劣さが断罪されるべきなのである。


イジメ行為の分類


文部科学省や法務省などの公式な資料は、イジメの具体的な態様を以下のように分類している。これらは単独で、あるいは複合的に行われ、被害者の心身を蝕んでいく。

  • 言葉によるいじめ: 本人の身体的特徴をからかう、悪口を言う、脅迫するなど、精神的苦痛を与える言葉を浴びせる行為 4。
  • 身体的ないじめ: 殴る、蹴る、物を投げつけるといった直接的な暴力。遊びやふざけあいを装って行われることも多く、発覚しにくい場合がある 4。
  • 心理的・社会的ないじめ: 仲間はずれ、無視、集団での悪口などによって社会的に孤立させる行為。また、恥ずかしいことや危険なことを強要することも含まれる 4。
  • 金品に関するいじめ: 金品をたかったり、物を隠したり、壊したりする行為。経済的な困窮だけでなく、万引きなどを強要され、犯罪行為に加担させられるケースもある 2。
  • インターネット上のいじめ: SNSや掲示板で誹謗中傷を拡散するなど、デジタルの匿名性を利用した陰湿な攻撃 1。


1.2 プロパガンダの本質と目的:世界観の設計



プロパガンダの定義


プロパガンダとは、特定の思想や信条、政治的意図に基づき、受け手である個人や集団の態度や行動を、発信者の意図する方向へ誘導するために行われる、体系的かつ意図的な説得コミュニケーション活動である 12。その本質は、客観的な情報提供や教育とは一線を画す。プロパガンダの目的は、理性的な思考を迂回させ、恐怖、憎悪、希望といった感情や偏見に直接訴えかけることで、受け手の認識を操作し、特定の結論へと導くことにある 9。


歴史的背景と負の含意


「プロパガンダ」という言葉は、元々17世紀にローマ・カトリック教会が布教のために設立した「布教聖省(Congregatio de Propaganda Fide)」に由来し、当初は宗教的・思想的な教えを広めるという中立的な意味合いを持っていた 13。しかし、その意味合いは第一次世界大戦を機に劇的に変化する。各国が総力戦を遂行する中で、敵国の士気をくじき、自国民の愛国心を煽るために、ポスターやビラ、ニュース報道を駆使した大規模な心理戦を展開したのである 13。この経験を通じて、プロパガンダは「送り手に都合の良い情報、さらには謀略を含むメッセージ」という負の含意を強く帯びるようになった 13。特に、ナチス・ドイツがユダヤ人迫害や侵略戦争を正当化するために展開した巧みなプロパガンダは、その欺瞞性と破壊的な影響力を世界に知らしめ、この言葉に拭い去りがたい汚名を着せることになった 12。


プロパガンダと教育の峻別


プロパガンダの悪質性を理解する上で、教育との違いを明確にすることは極めて重要である。教育の目的が、多角的な情報を提供し、批判的思考力(クリティカル・シンキング)を育むことにあるのに対し、プロパガンダはその正反対を目指す 14。すなわち、情報の流れを統制し、異論を封じ込め、特定の偏った視点のみを絶対的な真実として刷り込むことで、思考そのものを停止させようと試みる。この区別は、学校におけるイジメを分析する上で決定的な意味を持つ。なぜなら、イジメが集団の規範から逸脱した個人を罰し、同調を強制する行為であるとすれば、それはまさに思考の多様性を否定し、一つの価値観を強要する「反教育的」なプロパガンダ活動に他ならないからである。


第2部 残酷さの脚本:操作的テクニックの比較分析


本章では、政治プロパガンダで確立された具体的な操作手法を分析し、それらが学校イジメの現場でいかに忠実に再現されているかを、文部科学省などが報告する公式な事例を証拠として体系的にマッピングする。この比較を通じて、イジメが場当たり的な暴力ではなく、計算された心理戦術の集合体であることを明らかにする。


2.1「他者」の創造:レッテル貼り、ステレオタイプ化、非人間化の力



プロパガンダの手法


プロパガンダが特定の集団を攻撃対象として設定する際、最初に行うのが「敵」のイメージを創造することである。これは、否定的なレッテルを貼る「レッテル貼り(Labeling)」、侮蔑的な呼称を用いる「罵倒(Name-calling)」、そして複雑な個人を単純で否定的な記号に還元する「ステレオタイプ化(Stereotyping)」といった手法によって行われる 17。このプロセスは、標的となった集団から人間的な個性を剥奪し、共感や道徳的配慮の対象外である「他者」へと変貌させる。標的はもはや対等な人間ではなく、恐怖や憎悪、嫌悪の対象として認識されるようになり、彼らに対するいかなる非道な扱いも正当化されやすくなる。この非人間化のプロセスがもたらした史上最悪の悲劇が、ナチス・ドイツによるユダヤ人の描写とその後のホロコーストである。ナチスのプロパガンダは、ポスターや新聞、映画を通じて、ユダヤ人を「世界を陰で操る陰謀者」「寄生虫」といったステレオタイプなイメージで執拗に描き、ドイツ国民の心に偏見を植え付け、大量虐殺への心理的抵抗を麻痺させた 16。


イジメにおける応用


教室というミクロな社会において、加害者はこれと全く同じ手法を用いる。彼らはまず、被害者の人格や尊厳を否定するための「レッテル」を作り出す。それは、被害者の実名を上書きし、その存在を嘲笑の対象へと貶める、執拗で残酷なあだ名(あだ名)という形をとる 19。文部科学省の事例報告書には、同級生から屈辱的なあだ名で呼ばれ続ける生徒の事例が記録されている 19。さらに、「くさい」「ばか」「きもい」といった「罵倒」は、被害者を特定の否定的な属性に還元し、その人格全体を否定する強力な武器となる 10。これらの言葉は、被害者をクラスメイトという対等な存在から、「いじめてもよい存在」「排除すべき異物」へと変える効果を持つ。このレッテル貼りと罵倒によって、被害者は社会的に孤立し、加害行為が「あいつが悪いからだ」という歪んだ論理で正当化される土壌が生まれる。それは、被害者の人間性を剥奪し、尊厳を踏みにじる、まさしく非人間化のプロセスなのである。


2.2 偽りの現実の構築:情報戦の戦術



プロパガンダの手法


プロパガンダは、情報環境そのものを操作することで、大衆の認識を支配しようとする。そのための戦術は多岐にわたる。あまりに巨大で大胆な嘘ゆえに、かえって人々に信じ込ませてしまう「大きな嘘(Big Lie)」、自分たちの主張に都合の良い事実だけを提示し、不都合な情報を隠蔽する「チェリー・ピッキング(Cherry Picking)」、そして意図的に虚偽の情報を流布する「偽情報(Disinformation)」などがその代表例である 17。中でも特に陰湿なのが、執拗な否定や矛盾した言動によって、標的に自らの記憶や認識、正気さえも疑わせる心理的虐待「ガスライティング(Gaslighting)」である 17。これらの手法は、客観的な事実を歪め、プロパガンダの発信者が意図した「偽りの現実」を、受け手に唯一の真実として認識させることを目的とする。


イジメにおける応用


イジメの加害者は、これらの情報戦術を直感的に、あるいは意図的に駆使して、被害者を精神的に追い詰める。

  • 虚偽の噂の流布: これは教室における「大きな嘘」あるいは「偽情報」に相当する。加害者は、被害者に関する根も葉もない悪意ある噂(「あいつは万引きしたらしい」「不潔だ」など)を流布する。この噂は、教室や学年という閉鎖的なコミュニティの中で瞬く間に広がり、検証されることなく「事実」として受け入れられてしまう。これにより、被害者は濡れ衣を着せられ、周囲からの評価を不当に貶められる。
  • 被害事実の否定(ガスライティング): イジメが発覚した際に加害者が口にする常套句、「冗談だった」「遊びのつもりだった(ふざけ合い)」は、典型的なガスライティングである 8。この言葉は、被害者が感じている苦痛という現実を真っ向から否定し、「楽しかったはずの遊びを理解できないお前がおかしい」という加害者側の物語を押し付ける。これを繰り返されることで、被害者は「自分が過敏なだけなのかもしれない」と自らの感覚を疑うようになり、精神的に混乱し、抵抗する力を失っていく。
  • 虚偽の自白の強要: さらに悪質なケースでは、加害者が被害者に対し、自らが犯した悪事を被害者のせいにしたり、教師などの権威者に対して嘘の証言をさせたりすることがある。文部科学省の事例集には、加害生徒が被害生徒に対し、「(女子生徒への嫌がらせを)やらないと痛い目にあうぞ」「先生にはC(無関係の生徒)にやらされたと言え」と強要したという、政治的脅迫と見紛うばかりの事例が報告されている 19。これは、単なる嫌がらせの域を超え、証拠隠滅と責任転嫁を目的とした、極めて高度な情報操作である。


2.3 同調の強要:集団心理の悪用



プロパガンダの手法


プロパガンダの有効性は、個々人を説得する能力だけでなく、集団全体の空気を支配する能力に大きく依存する。「みんながそう信じている」「この流れに逆らうことはできない」という感覚を醸成し、個人に同調圧力をかける「バンドワゴン効果(衆人に訴える論証)」は、その最も強力な武器の一つである 17。人々は、多数派に属することで得られる安心感や、孤立することへの恐怖から、自らの信念を曲げてでも集団の意見に従ってしまう傾向がある。プロパガンダは、論理的な説得ではなく、こうした集団心理を巧みに利用し、一体感や熱狂を煽ることで、異論を許さない空気を作り出す 14。


イジメにおける応用


イジメが行われる集団、特に教室は、このバンドワゴン効果が最大限に発揮される、一種のミクロな全体主義システムと化すことがある。中心的な加害者(リーダー)が特定の一人を標的に定め、攻撃の規範を作り出すと、他の生徒たちは恐怖と圧力に晒される。「加担しなければ、次は自分が標的になるかもしれない」という恐怖から、多くの生徒は積極的に攻撃に加わるか、あるいは見て見ぬふりをする「傍観者」となることを選択する。文部科学省の事例にも、被害生徒が元々所属していたグループ内で立場が弱くなり、集団によるからかいや嫌がらせの標的となったケースが報告されている 19。この状況では、個々の生徒の良心よりも、「グループの一員であり続けたい」「仲間外れにされたくない」という欲求が優先される。加害グループへの同調は、自己保身のための最も合理的な選択肢となり、結果として集団全体がイジメという不正義に加担していく。このプロセスは、まさにプロパガンダが社会全体を一つの方向に動員していくメカニズムの縮図である。


表1:操作的テクニックの比較マトリクス


以下の表は、本章で論じた操作手法について、国家プロパガンダにおける適用例と、学校イジメにおける具体的な適用例を対比させ、両者の構造的類似性を視覚的に要約したものである。


操作手法 (Manipulation Technique)

国家プロパガンダにおける適用 (Application in State Propaganda)

学校イジメにおける適用 (Application in School Bullying)

レッテル貼り / ステレオタイプ化

ナチスがポスターでユダヤ人を「陰謀者」として描く 16。

被害者に「ばか」「くさい」などの侮蔑的なあだ名をつけ、人格を否定する 10。

ガスライティング

体制が自らの残虐行為を否定し、被害者や外部の批判者を「嘘つき」「精神異常者」と非難する。

加害者が暴行や嫌がらせを「遊び」「冗談」と主張し、被害者の苦痛を無効化しようとする 8。

偽情報 / 大きな嘘

戦争を正当化するため、敵国が先に攻撃を仕掛けたという虚偽の情報を大々的に報道する 15。

被害者に関する虚偽の噂(万引き、不潔など)を流布し、その社会的評価を失墜させる 1。

バンドワゴン効果 (同調圧力)

「国民の総意」「勝利は確実」と宣伝し、抵抗や反対意見を非国民的な行為として孤立させる 17。

「みんなやっている」という空気を作り出し、傍観者に加担を強要し、被害者を完全に孤立させる 11。

責任転嫁 / 脅迫

経済危機や社会不安の原因を特定の少数民族になすりつける。

被害者に「お前のせいでこうなった」と言い、あるいは「先生には〇〇がやったと言え」と虚偽の証言を強要する 19。

このマトリクスが示すのは、単なる偶然の一致ではない。それは、人間集団を操作し、特定の個人を排除しようとする際に、悪意がいかに普遍的な論理と手法をたどるかという、恐るべき証明である。国家レベルのプロパガンダと教室レベルのイジメは、その規模こそ違え、標的の人間性を剥奪し、加害を正当化するという、共通の設計思想に基づいている。この構造的同一性を認識することこそ、イジメの卑劣さをその根源から理解するための鍵となる。


第3部 虐待のエコシステム:環境、観衆、そして組織的黙認


本章では、分析の範囲を個々の操作テクニックから、それらが繁殖し、効果を発揮することを可能にする「環境」へと拡大する。イジメもプロパガンダも、その成功には特定の社会的・心理的生態系、すなわち「エコシステム」が不可欠であることを論じる。


3.1 閉鎖された世界:支配の実験室としての教室


学校、特に特定の学級という環境は、外部からの監視が届きにくく、独自の厳格な社会階層(スクールカースト)が存在し、同調への強い圧力が働く「閉鎖された世界」としての特性を持つ。この閉鎖性は、イジメという支配構造が形成・維持される上で決定的な役割を果たす。内部では、加害者グループが定めた独自のルールや価値観が絶対的なものとなり、それに従わない者は容赦なく排除の対象となる。

この状況は、国家がメディアを完全に統制し、外部からの情報を遮断して、国民に単一の公式見解を注入し続けるプロパガンダの環境と酷似している。代替的な視点や批判的な意見が封殺された閉鎖空間では、権力者(国家あるいはイジメの主犯格)が提示する現実の解釈が、唯一の「真実」として疑いなく受け入れられていく 15。文部科学省の報告によれば、イジメの多くが教師の目の届きにくい「休み時間や放課後」といった「死角」で発生しているという事実は、この閉鎖された世界の中で、大人たちの知らないもう一つの非公式な権力構造が機能していることを示唆している 10。この逃げ場のない環境こそが、被害者の無力感を増幅させ、加害者の支配を絶対的なものにするのである。


3.2 沈黙の共犯:傍観者(観衆・傍観者)の心理


イジメもプロパガンダも、標的と実行者だけで完結する現象ではない。それらは本質的に、観衆に向けられた「演劇」であり、その成否は観衆の反応に大きく左右される。この文脈において、集団内の他の生徒たちの役割は極めて重要であり、彼らは単一の存在ではない。積極的に加害者を煽り、囃し立てる「観衆(audience)」と、不正義に気づきながらも恐怖や無関心から行動を起こさない「傍観者(bystander)」に大別できる 21。

彼らの沈黙や消極的な同調は、決して中立的な行為ではない。それは、加害者に「この行為は許される」という暗黙の承認を与え、その行動をエスカレートさせる強力な燃料となる。同時に、被害者にとっては、誰一人として味方がいないという絶望的な孤立感を深めさせる決定的な要因となる。この傍観者心理の背後には、複数のメカニズムが働いている。第一に、「次は自分が標的になるかもしれない」という恐怖。第二に、「誰か他の人が助けるだろう」と責任を分散させてしまう「責任の拡散」。そして第三に、多数派に属することで安全を確保したいという社会的欲求である。

この構図は、プロパガンダが大衆の黙認を獲得していくプロセスと全く同じである。ナチス・ドイツがユダヤ人への迫害を段階的にエスカレートさせていく過程で、多くのドイツ国民は、恐怖や無関心、あるいは自らの利益のために沈黙を選んだ 16。その沈黙が、結果的に体制の暴走を許し、ホロコーストという未曾有の悲劇への道を開いた。イジメにおける傍観者の沈黙もまた、それ自体が被害者の尊厳を傷つける加害行為の一部であり、虐待のエコシステムを維持するための不可欠な構成要素なのである。加害者の真の力は、腕力や言葉の巧みさにあるのではなく、この集団心理を操作し、無関係なはずの他者を沈黙の共犯者に変えてしまう能力にある。それは、教室全体を一つの武器に変え、被害者を社会的に抹殺する、卑劣極まりない戦略なのである。


3.3 制度的不作為という加担


学校という組織がイジメに対して断固たる措置を取らない場合、その不作為は、プロパガンダを後援、あるいは黙認する国家の役割と機能的に等価となる。学校の対応の不備は、単なる怠慢ではなく、イジメという虐待行為を可能にし、助長する積極的な要因となる。総務省や文部科学省の調査報告書は、この「制度的失敗」の具体的な様相を数多く記録している。

  • 問題の矮小化と誤認: 最も頻繁に見られる失敗は、学校側がイジメの存在そのものを認めず、単なる「トラブル」や「ふざけ合い」として処理してしまうことである 8。これは、いじめ防止対策推進法が定める被害者中心の定義を理解していないか、あるいは意図的に無視していることを示しており、問題解決の第一歩を根本から妨げる。
  • 組織的対応の欠如: 法律は、各学校に「学校いじめ対策組織」の設置を義務付けている 21。しかし、多くの事例でこの組織が機能しておらず、問題対応が担任教員一人に丸投げされている実態が報告されている 8。個々の教員が情報を抱え込み、組織全体で情報が共有されないため、一貫した対応が取れず、問題が深刻化する。この「属人化」と「責任の不在」は、組織的失敗の典型的な兆候である。
  • SOS信号の無視: 被害生徒が日記やアンケート、あるいは欠席といった形で発する必死のSOSを、学校側が見過ごし、あるいは軽視した結果、事態が取り返しのつかない悲劇に至った事例は後を絶たない 10。これは、国家が自国民の人権侵害の訴えを無視する行為に等しく、保護すべき生徒を見捨てるという、教育機関としてあるまじき背信行為である。
  • 教員による扇動: 極めて憂慮すべきことに、教員自身の言動がイジメの引き金となるケースさえ報告されている。例えば、教員が特定の生徒を侮蔑的なあだ名で呼ぶ行為は、その生徒を嘲笑してもよいという許可をクラス全体に与えるに等しく、差別感情やイジメの発生を誘発し、継続させる一因となりうる 8。これは、国家の指導者が特定の集団への憎悪を煽るプロパガンダを行うのと同じ構造を持つ、最も悪質な形の制度的加担である。

これらの制度的失敗は、学校がイジメという人権侵害に対して、安全な避難所ではなく、むしろそれを助長する危険な環境と化しているという厳しい現実を突きつけている。


第4部 必然的帰結:非人間化と尊厳の抹殺


本章では、持続的なプロパガンダと深刻なイジメが最終的に何をもたらすかを論じる。その究極的な到達点は、個人の人間性と尊厳を破壊し、その存在そのものを消し去ろうとする「抹殺」の試みである。


4.1 究極の到達点:個の抹殺


執拗なレッテル貼り、社会的孤立、そして絶え間ない心理的攻撃の論理的な終着点は、標的となった個人の社会的・心理的な抹殺である。被害者は、加害者によって作り上げられた否定的な物語を次第に内面化し、自尊心と自己肯定感を完全に失っていく。自分は価値のない存在であり、他者から疎まれるのが当然なのだと思い込むようになる。これは、アイデンティティの破壊であり、精神的な死に等しい。

このプロセスが持つ危険性を理解するために、歴史的な類推を用いることは、慎重さを要するが不可欠である。ホロコースト 22 やルワンダのジェノサイド 24 といった歴史上の大虐殺は、いずれも、標的となった集団を「人間以下の存在」「社会の害虫」として描く、強力なプロパガンダ・キャンペーンによって先行されていた。プロパガンダは、彼らを共感の対象から引きずり下ろし、その抹殺を道徳的に許容可能な、あるいは「必要な」行為であると大衆に信じ込ませたのである 16。

もちろん、学校のイジメと国家によるジェノサイドを同列に論じることはできない。その規模も物理的な結末も全く異なる。しかし、ここで注目すべきは、その根底にある非人間化のメカニズムが恐ろしいほどに共通しているという事実である。教室で行われている心理的プロセスは、人類史上最も破壊的な力が発揮される際の、そのミニチュア版なのである。この比較は、二つの事象を同一視するためではなく、教室で起きていることが、いかに深刻で破壊的な人間性への攻撃であるかを警告するために行われる。


4.2 重大な人権侵害としてのイジメ


以上の分析を踏まえ、イジメを単なる「学校の問題」や「子ども同士のトラブル」として捉える視点を完全に放棄し、これを日本国法務省が公式に分類するように、「重大な人権侵害」として位置づける必要がある 1。

プロパガンダとの比較は、この位置づけを揺るぎないものにする。歴史が証明するように、プロパガンダは常に大規模な人権侵害の地ならしとして機能してきた 22。本報告書が明らかにしてきたように、イジメがプロパガンダと同じ操作の構造、同じ非人間化の論理、そして同じ心理的破壊のメカニズムを用いているのであれば、それは道徳的にも法的にも、同等の深刻さをもって扱われなければならない。イジメとは、一個人が生まれながらにして持つべき尊厳、安全、そして人間として存在する権利そのものに対する、卑劣かつ許しがたい攻撃なのである。


結論:卑劣さへの直面とレジリエンスへの道



調査結果の統合


本報告書で展開した分析は、学校におけるイジメと政治的プロパガンダの間に、構造的、心理的、そして社会的な類似性が否定しがたく存在することを示した。この比較は、イジメが子供の成長過程における単なる通過儀礼や単純な対立などではなく、特定の個人を孤立させ、非人間化し、その尊厳を粉砕するために設計された、卑劣で体系的な操作行為であることを暴露する。加害者が用いるレッテル貼り、情報操作、同調圧力といった手口は、歴史を通じて大衆を扇動し、悲劇を生み出してきたプロパガンダの戦術と軌を一にしている。さらに、閉鎖的な環境、沈黙する傍観者の存在、そして組織の不作為といった、虐待を可能にするエコシステムの構造もまた、両者に共通している。この認識は、イジメを「重大な人権侵害」として捉え、その根絶に向けて社会全体が取り組むべき道義的責任を明確にするものである。


提言と行動喚起


イジメという卑劣な行為に立ち向かうためには、対症療法的な指導だけでなく、その根底にある操作のメカニズム自体を無力化する、より根本的なアプローチが求められる。

  • 教育改革:「情報リテラシー」の育成
    プロパガンダに対する最良の防御は、批判的思考力を備えた、知的な精神である 12。学校教育は、「イジメはダメ」という単純な規範意識の植え付けに留まらず、子どもたちが操作の仕組みそのものを理解するための教育へと舵を切るべきである。具体的には、メディア・リテラシー、社会心理学の初歩、そしてクリティカル・シンキングを教科横断的に教えることが急務である。生徒たちが、情報がいかにして歪められるか、集団心理がいかにして悪用されるかを学ぶことで、彼らは画面の向こうから来るプロパガンダにも、隣の席から来る同調圧力にも、自らの理性で抵抗する力(レジリエンス)を身につけることができる。
  • エコシステム全体への介入
    介入の対象は、加害者と被害者という二者関係に限定されてはならない。イジメを維持しているエコシステム全体、特に「傍観者」に焦点を当てたプログラムが不可欠である 21。傍観している生徒たちに、沈黙が加担と同義であることを理解させ、不正義に対して安全かつ効果的に声を上げる方法を具体的に教える必要がある。彼らを単なる「見て見ぬふりをする者」から、積極的に秩序を回復しようとする「アップスタンダー(upstander)」へと変えることが、集団の力学を健全な方向へ転換させる鍵となる。
  • 揺るぎない組織的説明責任
    学校および教育委員会は、いじめ防止対策推進法が定める被害者中心の定義を絶対的な基準とし、イジメに対して一切の妥協を許さない姿勢(ゼロ・トレランス)を貫徹しなければならない 1。すべてのイジメ事案は、個々の教員の裁量に委ねられることなく、法律が定める「重大な人権侵害」として、透明性を確保した上で、迅速かつ組織全体で対応されるべきである。そして、行動を起こさなかった学校や教育委員会の不作為は、単なる怠慢ではなく、虐待行為そのものへの「組織的共犯」として、厳格な説明責任が問われる制度を確立する必要がある。イジメの根絶は、子どもたちの未来を守るだけでなく、我々の社会がどれほど人間の尊厳を重んじるかを問う、リトマス試験紙なのである。

引用文献

  1. 学校における いじめ問題への対応のポイント, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.nits.go.jp/materials/intramural/files/090_001.pdf
  2. いじめ防止対策推進法 (定義) - 日本PTA全国協議会, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.nippon-pta.or.jp/files/original/20220512120055622315b5669.pdf
  3. 「いじめ防止対策推進法」における「いじめ」の定義, 7月 26, 2025にアクセス、 https://shinagawa-kiduki.jp/teacher/2024022800026/
  4. いじめの定義とは?種類や具体例・判断基準などわかりやすく解説 - 弁護士法人ALG&Associates, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.avance-lg.com/customer_contents/ijime/definition/
  5. 令和5年における「人権侵犯事件」の状況について(概要) ~法務省の人権擁護機関の取組~, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.moj.go.jp/content/001415625.pdf
  6. 令和6年における「人権侵犯事件」の状況について(概要) ~法務省の人権擁護機関の取組, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00252.html
  7. いじめ防止対策推進法等に基づくいじめ問題への対応について(文部科学省初等中等教育局児童生徒課 稲川洋生):校内研修シリーズ №.174 - YouTube, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=yeK2WxwHoRk&pp=0gcJCfwAo7VqN5tD
  8. ⑶ 重大事態の調査報告書の分析結果, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/main_content/000538671.pdf
  9. プロパガンダとは?意味や事例について解説 | トレンドマイクロ (JP) - Trend Micro, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.trendmicro.com/ja_jp/jp-security/24/j/expertview-20241003-01.html
  10. いじめの重大事態から学ぶ - 鳥取県, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1175129/0108houkokuki2-2.pdf
  11. いじめ問題に関する取組事例集 - 国立教育政策研究所, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.nier.go.jp/shido/centerhp/ijime-07/zentai00.pdf
  12. 第48回 プロパガンダ | 10分でわかるカタカナ語(三省堂編修所), 7月 26, 2025にアクセス、 https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/%E7%AC%AC48%E5%9B%9E-%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80
  13. プロパガンダ, 7月 26, 2025にアクセス、 http://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/6H/hu_propaganda.html
  14. プロパガンダ - 株式会社 誠信書房, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.seishinshobo.co.jp/book/b88271.html
  15. 「プロパガンダ論」再考 ―世論と合意形成の原点を探る― - 日本広報学会, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.jsccs.jp/publishing/research/.assets/CCS27-ueno.pdf
  16. ナチスのプロパガンダ | ホロコースト百科事典 - Holocaust Encyclopedia, 7月 26, 2025にアクセス、 https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/article/nazi-propaganda
  17. プロパガンダの手法 - Wikipedia, 7月 26, 2025にアクセス、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%81%AE%E6%89%8B%E6%B3%95
  18. ナチス時代の被害者: ナチスの人種的イデオロギー | ホロコースト百科事典, 7月 26, 2025にアクセス、 https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/article/victims-of-the-nazi-era-nazi-racial-ideology
  19. いじめ対策に係る事例集 - 文部科学省, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/__icsFiles/afieldfile/2018/09/25/1409466_001_1.pdf
  20. If a war were to break out now, how would you be "psychologically manipulated"? [Laws of Propaganda] - YouTube, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=9vEOl-OGNi8
  21. いじめの定義 【いじめ防止対策推進法第2条】 組織対応の重要性とそのポイント 熊本県いじ, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/52365_80755_misc.pdf
  22. なぜ、ホロコーストは起きたのか, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.npokokoro.com/why
  23. Nazi Germany 1933-1938 | スペシャルコンテンツ - 創価大学, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.soka.ac.jp/special/holocaust/introduction-of-exhibits/nazi-germany-1933-1938/
  24. プロパガンダとジェノサイド: ロシアのプロパガンディストを罰することは可能なのか? - Ukraїner, 7月 26, 2025にアクセス、 https://www.ukrainer.net/ja/puropaganda-to-jenosaido/
  25. 人として、なぜそのような ことができたのか - Yad Vashem, 7月 26, 2025にアクセス、 https://wwv.yadvashem.org/yv/en/exhibitions/ready2print/pdf/shoah-japanese.pdf
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