考察 哲学・存在論
考えるということを考える
パスカルの「人間は考える葦である」という言葉は有名ですが、「考える」とは具体的にどういうことかと考えると意外と複雑です。
私たちは経験や知識を通して物事を見て、それを脳に記録します。しかし人それぞれ見かたや情報の選びかたが違うため、同じものを見たり聞いたりしても脳に記録されることは異なります。
例えば、感覚や感情に基づいて物事を捉える人と、論理的に物事を捉える人がいます。私は論理的に物事を捉えるタイプで、答えが見つからない問題、例えば死後の世界については考えないようにしています。なぜなら、神秘的なことを考えると、答えが無限に広がってしまい、結論が出ないからです。
このように、人それぞれの認識の仕方によって思考の出発点は大きく変わります。
そして、実際に「考える」という行為を始めるためには、「なぜそうなるのか」という疑問を持つことが不可欠です。
これらの疑問に答えを見つけるためには、対象に対して考えを何度も繰り返す必要がありますが、進展のない思考をただ堂々巡りさせるのは生産的ではありません。
そんな時は、アプローチ(切り口)や問いの立て方を変えてみるのが効果的です。
そうして考えを繰り返して必要なものを抽出し、最終的には考えを抽象化することが大切です。
抽象化された思考は、一つの事象にとどまらず、他の様々な課題にも応用できる汎用性の高い武器になります。
つまり、「考える」とは、認識にはじまり、疑問を持ち、色々な考えを繰り返し、最終的には抽象化するプロセスです。
私たちはこのプロセスを通じて、物事の本質やより良い解決策を見出していきます。
自分の知識が世界のすべてではないと自覚し、常に問い続けることこそが、思考を深めるということなのではないでしょうか。