共感覚と幽霊について
音を聴くと目の前に実際にはない色のついた帯があらわれる。(色聴共感覚)
字を読むとそれぞれの文字に実際にはない色が付いてあらわれる。(色字共感覚)
人が触れられているのを見るとあたかも自分が触られているように感じる。(ミラータッチ共感覚)
など
ある刺激に対して、通常の喚起される感覚や認知処理に加えて、通常は起こらない他の感覚や認知処理も喚起される現象を共感覚といいます。
インプットのほうを誘因刺激、アウトプットのほうを励起感覚といいます。
共感覚を科学的に調べようとすると、共感覚を更に定義して、これが共感覚だという定義を作り上げる必要があります。
それで、共感覚かどうかを判断するわけですが、それには
①保有率の低さ
②誘因刺激となるのは日常的な知覚や認知処理
③時間的安定性、再現性
④個人特異性、励起感覚がひとりひとり異なる
⑤自動性、意図しなくても必要なくても否応なしに励起感覚が現れる
これらが、共感覚であると判断するための条件となります。
ここではアウトプットの励起感覚が「幽霊が見える」場合を考えてみます。
まず現れる大きな問題は、「幽霊が見える」という励起感覚に対する誘因刺激が何なのかという所です。
もしその誘因刺激が特定できなければ「幽霊が見える」という感覚は共感覚とは言いがたくなります。
誘因刺激をその場のエネルギー状態だと譲歩して、月の満ち欠けから温度・湿度・風・水の流れや磁場等と考えた場合
その環境を再現できれば、共感者には必ず「幽霊が見える」という励起感覚があらわれるのか、という問題です。
もし誘因刺激がなく励起感覚(幽霊)だけが現れているのであれば、それは共感覚ではなく「幻覚」に分類されるため、現象としての意味合いが全く変わってきます。
ですのでもし「幽霊が見えた」場合にはその誘因刺激となるものが何なのか、それを探すことが「幽霊」が見えたことよりも大事になるでしょう。
その誘因刺激はそう複雑になることはないだろうし、またそれは人それぞれに異なるでしょう。もしかすると心や体の働きも関係しているかもしれません。
もしその誘因刺激がみつからなければ、「幽霊が見えた」こと自体を気にしなくてよいと思います。
ちなみに、ある研究や書籍によると、共感覚は訓練によって後天的に身につけることも可能だと言われています。
もし、特定のインプット(誘因刺激)から「幽霊が見える」というアウトプットを意図的に引き起こす訓練ができるのだとしたら――。それは客観的な超能力ではなくとも、本人にとっては「超能力を手に入れた」と錯覚するのに十分な体験になるのかもしれません。