蝉の声

部屋の窓を閉め切っていても、あれほど耳について離れなかった声が、ふと途絶えたことに気づくのに数日かかりました。まるで、ずっと続いていた大音量の音楽が急に止まった後のような、深い静寂です。
沖縄の夏を支配していたのは、腹の底から湧き上がるようなクマゼミの力強い合唱でした。命を使い切るみたいに、短い夏をただひたすらに鳴き尽くすあの声。太陽の角度が一番高くなる頃、空気をビリビリと震わせるあの声は、暑さそのものに形を与えたかのようでした。それがいつからか、遠くで控えめに鳴くリュウキュウアブラゼミの、どこか物憂げな響きに変わっていきました。
カレンダーの上ではまだ真夏。アスファルトを焦がす陽射しに変わりはなく、部屋の中の空気も息苦しいほど熱を保っています。けれど、聴覚だけが、季節が次の部屋へそっと移っていくのを察知してしまったのです。
あれほど騒々しいと疎ましく思っていた声が消えてみると、心にぽっかりと穴が空いたような、不思議な心持ちがします。それは寂しさというより、賑やかな祭りが終わった後の、がらんとした広場に一人佇んでいるような感覚に近いかもしれません。彼らの一瞬の、しかし燃え盛るような命の祭りを、この窓の内側から、僕はただ一人、見届けていたのかもしれません。
時の流れは、時に残酷なほど正確です。誰が気に留めずとも、季節は律儀にその役目を交代していきます。
静けさを取り戻した窓の外。もう少しすれば、クロイワツクツクが透き通るような声で鳴き始める。その小さな音は、毎年僕だけに届く、季節からの秘密の便りのようです。今はまだ、その気配はありません。ただ、耳を澄ませば、遠くで風がざわめき、次の季節がすぐそこまで来ているのがわかる。
この静寂の中で聞こえるのは、ただ自分の心臓の音と、か細い声だけなのです。